soloで諸国漫遊

キャンプ、ツーリング、国内旅行、時々四国遍路

#82【四国遍路17伊予国④】松山市の51〜53番と別格9番

前回の続きです。

 

51番札所「石手寺」

四国遍路の開祖・衛門三郎伝説にまつわる石手寺は、道後温泉まで1kmほどのロケーションにあり、

f:id:gui-np:20230704233241j:image

お遍路さん以外の参拝者も多く、松山市の観光名所の一つでもあります。

f:id:gui-np:20230704233259j:image

出店が並ぶ回廊式の参道を抜けると、

f:id:gui-np:20230704233238j:image

鎌倉時代の建立で国宝に指定されている仁王門。

f:id:gui-np:20230704233251j:image

そして巨大なわらじがドーン!

f:id:gui-np:20230704233244j:image

境内には、こちらも鎌倉時代建立の国宝・三重塔が堂々と佇んでいます。

f:id:gui-np:20230704234730j:image

石手寺には、輪をくぐったり、石に触れたりと、いろんなご利益スポットがあり、

f:id:gui-np:20230704234740j:image

『探偵ナイトスクープ』のパラダイス的な、ちょっとしたカオス感があって面白い(^◇^;)


f:id:gui-np:20230704234734j:image

こちらの大師堂横には、子授け・安産祈願の鬼子母神が祀られており、

f:id:gui-np:20230705000534j:image

堂の前にある石を持ち帰ると、子供が授かると言われています。

f:id:gui-np:20230704235848j:image

大師堂前のこの場所から山の方を見上げると、

f:id:gui-np:20230704235901j:image

山の上に巨大な弘法大師像が!

f:id:gui-np:20230704235854j:image

本堂の裏手には「マントラ洞窟」があり、

f:id:gui-np:20230704235908j:image

結構長いトンネルを抜けると、

f:id:gui-np:20230705011644j:image

そこは奥の院の入り口。

f:id:gui-np:20230705140058j:image

そして大きな玉ねぎがドーン!

f:id:gui-np:20230704235858j:image

その周りを囲むユニークな木像たち (°▽°)

f:id:gui-np:20230705000754j:image

三重塔周囲では〈四国霊場お砂撫で〉ができます。

f:id:gui-np:20230705000937j:image

石手寺は、なかなかな異彩を放つ札所です。

 

 

52番札所「太山寺」

松山市中心部から離れた、海に近い山の麓にある太山寺。

f:id:gui-np:20230705010810j:image

仁王門は鎌倉時代のもので国の重要文化財です。

f:id:gui-np:20230705010829j:image

駐車場から樹木に覆われた参道(坂道)を歩くこと約5分、急な階段を上ると、

静寂に包まれた境内に到着。

f:id:gui-np:20230705010825j:image

こちらの鐘楼堂は室町時代のもの。

f:id:gui-np:20230705010821j:image

綱を引いて天井の鐘を撞きます。

f:id:gui-np:20230705010803j:image

本堂は鎌倉時代の建立で国宝。

f:id:gui-np:20230705010817j:image

大師堂は階段の上にあり、

f:id:gui-np:20230705140500j:image

境内中央の「摩尼車」は、

一回まわせば、お経を一巻読んだのと同じ功徳が得られると言われています。

f:id:gui-np:20230705140518j:image

境内には他にも「聖徳太子堂」などがあり、見所の多い札所です。

 

 

53番札所「円明寺」

のどかな町並みにある庶民的な雰囲気の円明寺は、

f:id:gui-np:20230712000158j:image

駐車場の目の前に山門があり、

f:id:gui-np:20230712000327j:image

こじんまりとした境内の

f:id:gui-np:20230712000321j:image

真ん中に聳える美しい中門が特徴的です。

円明寺には四国霊場最古の「銅板納札」が保存されていますが、これは大正時代にアメリカ人の教授が本堂の厨子に打ち付けられているのを発見したもので、江戸時代初期の物とされています。


f:id:gui-np:20230712000338j:image

こちらは大師堂で、その左横奥には

f:id:gui-np:20230712101134j:image

「キリシタン灯ろう」がひっそりと残されています。

その形状は十字架のようで、聖母マリアらしき女性の姿が刻まれており、
キリシタン禁制の江戸時代において寺は隠れキリシタンの礼拝を黙認していたと思われます。

f:id:gui-np:20230712003852j:image

親しみやすい雰囲気があって、個人的には好きな札所の一つです。

 

 

 

別格9番「文殊院」

四国遍路の開祖・衛門三郎の屋敷跡で、四国八十八ヶ所発祥の寺院と伝えられています。

f:id:gui-np:20230712005159j:image

住宅密集地にあり、境内に進んで右手には、

f:id:gui-np:20230712005037j:image

修行弘法大師像と、

f:id:gui-np:20230712010433j:image

開祖・衛門三郎と妻の像があります。

自らの強欲を改心し、弘法大師を追い求めて四国遍路の起源となった「衛門三郎伝説」

衛門三郎 - Wikipedia


f:id:gui-np:20230712004915j:image

鐘楼堂、本堂、大師堂と並ぶコンパクトな境内。

f:id:gui-np:20230712011305j:image

七福神の毘沙門天も祀られています。

f:id:gui-np:20230712101158j:image

 

 

次の54番からは今治市へと移ります。